太閤秀吉が築いた初代大坂城の石垣を発掘・公開への取り組みと募金案内。

豊臣石垣コラム

大阪城の撮影スポット 玉造口からの眺望

今月も城の写真家、岡泰行さんによる“大阪城の撮影スポット”第5弾をお送りします。今回は玉造口からの眺望と玉造口の見どころを紹介していただきます。玉造口は大手口、京橋口と共に二の丸に通じる出入口の一つです。明治時代以降、軍によって大きく改変を受け、往時の姿を想起することは難しくなっていますが、随所に見どころが残されています。岡さんのカメラを通し、新たな大阪城の魅力を再発見していただけるのではないでしょうか。

今回は玉造口からの眺望です。玉造口から二の丸に入ってすぐの左手の雁木を登ると、大阪城天守閣を捉えることができる撮影スポットがあります。天守に対して、東南から望むため撮影は午前中が適していますが、実はこのスポット、日中もさることながら夕景やライトアップを大変美しく撮影できるスポットとして、写真家の間でも知られています。

写真1.夕焼けに染まる大阪城天守閣。日暮れとともにライトアップが始まる

写真1.夕焼けに染まる大阪城天守閣。日暮れとともにライトアップが始まる

(レンズ焦点距離 105mm・35mm換算)

大阪城のライトアップは、日没時間の10分後から段階的に灯してゆき、約1時間をかけてフル点灯の状態となります。写真1は、最初に見られるライトアップの段階です。天守上部の伏虎と入母屋上部にスポットライトがあたり、天守の窓に明かりが灯ります。窓からの光は、天守内部の灯りが漏れているように見えますが、人の暖かみを演出するため意図して窓の内側がライトアップされています。この段階も結構人気がありますが、その後、壁全面が徐々にライトアップされ約1時間をかけてフル点灯し、白く輝く天守となります(写真2)。消灯は、24時より順次消灯し24時30分に完全消灯します。

現在の大阪城のライトアップは平成の大改修を終えた平成9年(1997)から始まりました。照明デザインは、ライトアップの第一人者といわれ、東京タワーや東京駅駅舎、横浜ベイブリッジ、明石海峡大橋などのライトアップを手がけた石井幹子さんによるもの。城では、大阪城、姫路城信州上田城の夜桜のライトアップをてがけておられます。

写真2.フル点灯のライトアップ風景

写真2.フル点灯のライトアップ風景

(レンズ焦点距離 130mm・35mm換算)

大阪城天守閣は、昭和以降に再建された「復興天守」の第1号です。徳川期の天守台の上に、『大坂夏の陣図屏風』を元にした豊臣期のデザインを模した天守が乗っています。豊臣期天守は約30年、徳川期は約39年でそれぞれ焼失しましたが、現在の天守は令和元年(2019)現在で88年と、いちばん長い歴史を刻んでいます。今では大阪を代表するランドマークとして親しまれています。

そろそろ夕焼けが綺麗な季節となります。日暮れから約1時間、玉造口の雁木に座り、変わりゆく大阪城の光景をゆっくり眺めてみてはいかがでしょうか。

写真3.玉造口の雁木。ここを登ると眺望が良い。

写真3.玉造口の雁木。ここを登ると眺望が良い。

撮影スポット

撮影スポット

さて、ここで玉造口の見どころを紹介しておきます。玉造口は、二の丸へ入る4つの入口のひとつで、枡形虎口が形成されていました。現在は東側のみ虎口の石垣が残っています(写真4)。また、玉造門跡の東側には、土塀の控柱が1本残っています(写真5)。

写真4.東側のみ残る玉造口枡形虎口の石垣

写真4.東側のみ残る玉造口枡形虎口の石垣

写真5.玉造門跡東側に残る土塀の控柱

写真5.玉造門跡東側に残る土塀の控柱

撮影スポットの雁木上のスペースには、笠石銃眼が並んでおり分銅の石垣刻印が連続して5つ確認できます。分銅は出雲松江の堀尾家の家紋です。また、ここからは玉造口の土橋に加え、南外堀と一番櫓を見渡すことができます。土橋は大手口や京橋口と比べ、城内で最も長い土橋となります。

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