太閤秀吉が築いた初代大坂城の石垣を発掘・公開への取り組みと募金案内。

豊臣石垣コラム

新しい大坂本願寺像に出会える “北御堂ミュージアム”

平成31年1月9日、大阪市中央区本町の本願寺津村別院(北御堂)に“北御堂ミュージアム”がオープンしました。本願寺と大阪の歴史が写真やイラスト、模型などを駆使して分かりやすく解説されています。展示の中には豊臣石垣公開事業にも深くかかわる大坂本願寺の興味深い展示品もありますので、その概要を紹介させていただき、見学のご案内としたいと思います。

40mに及ぶ歴史ガイドウォール

入場すると右手壁面には浄土真宗の成立から、本願寺と大阪の関わりの歴史が全長40mにわたって年表風に展開されています。各項目のタイトルを古いほうから列挙しますと、

  • ①親鸞上人と本願寺の成り立ち
  • ②蓮如上人と大坂
  • ③大坂本願寺と寺内町
  • ④大坂御坊(津村御坊・北御堂)の再興と変遷
  • ⑤近現代の大阪と津村別院

となります。
このうち、②と③が大坂御坊の成立から織田信長との11年に及ぶ石山合戦を経て本願寺が大坂を退去し、再び大坂(天満)に寺域を構え、その後京都へ移転するまでの本願寺の歴史になります。④では津村別院(北御堂)と難波別院(南御堂)に分かれた徳川期の北御堂が紹介されています。⑤では北御堂に関わった著名人や御堂筋の拡幅による敷地の縮小、第二次大戦による焼亡から戦後の再建など激動の歴史が紹介されています。

紹介されているトピックのいくつかをとりあげますと、徳川期に12度あった「朝鮮通信使」(※1)のうち北御堂が9度も大坂の宿舎になったことや、明治時代には天皇の行在所(あんざいしょ※2)となったこと、戦後復興された津村別院の高さが現在の大阪城の天守閣より10㎝だけ高く設計変更されたことなど、筆者自身はこれまでよく知らなかったことが各時代の解説のなかに散りばめられていて、最後まで興味深く見学させていただきました。

さらに展示室奥には、北御堂に関わる実物展示のコーナーや「大阪の地と北御堂」と題する映像が鑑賞できるシアターがあり、本願寺からみた大阪の歴史がよく理解できる展示となっています。

写真1.北御堂ミュージアム正面から全景

写真1.北御堂ミュージアム正面から全景

写真2.壁面40mにわたって展開する本願寺と大阪の歴史

写真2.壁面40mにわたって展開する本願寺と大阪の歴史

大坂本願寺の復元展示

さて、展示の中でとりわけ目を引くのが歴史ガイドウォールの対面に展示されている16世紀大坂の大パノラマ図と大坂本願寺と寺内町の1/1000復元模型です。大パノラマ図では、16世紀の大坂本願寺周辺の地形と大坂をとりまく町の分布、町をつなぐ街道や水路が示されています。このイラストに示されている大坂本願寺と寺内町の部分が抜き出され模型として復元されているのです。模型には本願寺や寺内町を画する堀や通路、町屋の中の建物、木戸や櫓まで復元されています。

写真3.本願寺と寺内町復元模型(南西から)

写真3.本願寺と寺内町復元模型(南西から)

写真4.本願寺・寺内町復元模型細部(東から)

写真4.本願寺・寺内町復元模型細部(東から)

復元されている姿は天文18年(1549)旧暦3月を想定されていることが模型の解説に書かれています。

また、復元された本願寺と寺内町の分布を現在の地形図の上に重ねた図(図1)と、1/1000縮尺の本願寺内部の建物配置図が模型の横に資料として準備されており、図を参考にしながら模型を見ると色々な発見ができるとともに、模型制作が現在の研究成果を十分検討したものとなっていることが示されています。

本願寺の復元案はこれまでにもいくつか公表されていますが、今回の復元は格段に精巧な復元案であることは間違いありません(※3)。ぜひ、最新の研究によって復元された大坂本願寺と寺内町の姿を見学いただきたいと思います。

図1.大坂本願寺と寺内町の復元図

図1.大坂本願寺と寺内町の復元図

なお、ミュージアムの展示内容につきましては、本願寺津村別院のホームページ に詳しく紹介されていますのでご参照ください。年末年始を除き年中無休で、入館料は無料です。開館時間は10:00から16:00、地下鉄御堂筋線本町駅A階段2号出口を上がるとすぐミュージアムの入り口があります。

最後になりましたが、本願寺津村別院(北御堂)広報企画室室長の藤原慶人氏には展示室の撮影を許可いただき、展示内容についても丁寧にご説明いただきました。記して感謝申し上げます。

※1:室町期から徳川期にかけて朝鮮国王が日本の武家政権の首領に対し修好や慶賀の名目で派遣した使節。1429年から1811年まで17回来日。特に徳川期の通信使の随員は400〜500名におよび、道中で随員と日本の学者・文人の間で盛んに交歓が行われ、両国関係の安定と文化交流に大きな役割を果たした。(角川新版日本史辞典より)

※2:天皇が行幸した時の仮の御所。

※3:模型の監修は、大澤研一氏(大阪歴史博物館学芸課長)、建築監修は菅澤茂氏(工学院大学総合研究所客員研究員)、建築復元設計は福島孝篤氏(夢和詩生伝統建築研究所)です。

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