太閤秀吉が築いた初代大坂城の石垣を発掘・公開への取り組みと募金案内。

新着情報

大坂城の豊臣石垣(昭和34年発見)を一日限定で公開します

平成28年11月19日

大阪市では、大阪城エリアの観光拠点化にむけて、大坂夏の陣から400年を機に、豊臣秀吉が築いた初代大坂城の石垣を掘り起こして公開する「豊臣石垣公開プロジェクト」に取り組んでおり、豊臣石垣公開施設の整備に向けて、本プロジェクトをより深くご理解いただくため、平成28年11月19日(土曜日)に普段は非公開の、大阪城本丸広場にある昭和34年発見の豊臣石垣を一日限定で公開します。

今回の一日限定公開は、昭和34年発見の豊臣石垣を公開し、地上から覗き込んでご覧いただきます。

公開概要

  • 実施日時:平成28年11月19日(土)13時から16時まで
  • 実施場所:大阪城本丸広場(大阪市中央区大阪城1-1
  • 参加費:無料

謎の石垣(豊臣石垣)について

豊臣秀吉が築いた大坂城は、現在の大阪城の地下に埋まっています。

この事実が明らかになるきっかけになったのが、昭和34年(1959年)に始められた大坂城総合学術調査で、本丸のある地点を掘り下げたところ、地下約7.3メートル付近から火災の痕跡の残る石垣が発見されました。

ただしその時は「この石垣は豊臣時代のもの」という結論には至らず「謎の石垣」と呼ばれていました。しかしその後に調査研究が進み、研究者の間では「これこそが豊臣時代の石垣だ」という確信が深まっていきます。

そうした中、昭和59年から60年にかけて行われた金蔵東の発掘調査により、地下から「謎の石垣」以来となる大規模な石垣遺構が検出され、この石垣と「謎の石垣」、そして豊臣時代大坂城本丸絵図の比較により、地下石垣がいずれも豊臣時代の石垣で間違いなく、今の大阪城の石垣が全て徳川幕府再築時のものであり、豊臣時代の大坂城は地下に眠っているという事実が確定しました。

昭和34年に発見された豊臣石垣は、地上から覗き込んでご覧いただけるように「井戸」状に保存していますが、普段は安全のため非公開となっています。